台頭するナチスと音楽祭側との衝突で失意の中
1931年を最後にトスカニーニはバイロイトを去る。
その2年前には忍び寄るファシストに嫌気が差し
スカラ座を自ら辞任していた。
次にトスカニーニがオペラを求めたのはザルツブルク。
フルヴェンが「おれもザルツブルクでオペラ振りたい」
と言うも「あんたはバイロイトで振ってろ。ザルツブルクは
おれが振る」と一喝(この頃から二大巨匠は不仲に)。
しかしナチスの加護もありフルヴェンはザルツブルクも手中に。
トスカニーニは1937年のザルツブルク音楽祭を最後にオペラは
振らなくなる。
その後米国でトスカニーニのためにNBC交響楽団が結成される。
フルヴェンはフルヴェンでヒンデミット事件の責任を取らされ
1936年にベルリン・フィルを辞任(再任は1952年)。