パリ管時代にバレンボイムの人気や評判が特に低いということはなかった
そもそもフランス人はクラシック音楽をそんなに真剣に聞かないから演奏にもうるさい事は言わない
佐渡が名門ラムルーの首席指揮者務められたぐらいだから

バレンボイムはオペラ座監督就任を前にレベル向上のため楽団員の再オーディションを行う意向だったという
それに抵抗した音楽家たちがパリでコンサートがある度に
おそらくは労組の力を借りてアンチバレンボイムのビラを配った

さらに解任騒動が起こると親政権側のメディアがフランス人にもともと根強くあった反ユダヤ感情を利用して
バレンボイム及びCAMIへのネガティブキャンペーンを張った

これがパリでバレンボイムが不人気だったという風評の根拠になっている