>>757
バッハがフーガの技法に手を付けた時にはチェンバロを“想定”していたが、出来上がった(あるいは出来上がらなかった)作品にはそのような“指定”はない。この2つの事象が区別できないのか?

バッハはスコルダトゥーラのチェロを指定すればそれでしかできない重音を要求するし、2段チェンバロを指定すれば両手のパッセージの交差をぶち込む。