「酢光俊」の由来

都に佐村某と云ふ野心家あり。曲をつくりて、名をなしたく思へり。
思い立つ所ありて、酢豆腐なる評論家を誘ひて「我が宣伝を頼まん」
とてファックスもて口説きたるに、まんまと引き入れたり。

新たなる交響曲が未だ演奏されざるを見て、いみじく感じて
「あな悲しや。この作曲家かたわにて、いとめづらし」と涙ぐみて
「西欧の楽聖すら佐村某に及ばずを知らず。無下なり」と酢豆腐上人、
物知りぬべき顔したる。

「佐村某の傑作尋常ならざること、広く知らしめるは我が使命」
と酢豆腐上人、言はれければ、「真実は佐村某の作にあらず、
ガッキーなる者の仕りける、奇怪なり」と書きたる雑誌あり。

酢豆腐上人の涙、いたづらになりにけり。