>>296
ウェーベルンのスコアを見て音を現実化しつつ、なんで「時間の一部」なんて
表象化された時間の残滓に固執しますかね。
数あるレトリックにおいても、時間は時間であって、「時間の一部」なんて
語法は聞いたことがない。和声にも頼れない、伝統的な拍子感にも頼れない、
するとむき出しになった「時間」と向き合うしかない。「時間の一部」という
発想は、日曜大工代わりにピアノを触る日曜ピアニストのほほえましいが
悪しき表象でしょう。視覚情報とその記憶はあくまでそれ自身でしかないですね。