>>156
丁寧なレス、ありがとうございました。大変参考になりました。

武満が作曲家として楽曲について言ったことを、演奏についてあてはめてみると、
もし普遍的な演奏というものがあるとすれば、それは「あらゆる享受の仕方に耐える」ものである、と言えるかもしれません。

バッハの演奏に関して私が思い浮かべている「普遍的な演奏」というのは、具体的には、
リヒテルの平均律第1巻、最近ではピリスのパルティータの演奏などです。
これらの演奏に、奏者の個性やピアノ臭さを超えた普遍性のようなものを感じます。

「ピアノ臭さを超えた」などと書くと、普遍性の獲得のためにはローカルな楽器の特性にこそこだわるべきだ、という考え方とは食い違うように聞こえるかもしれませんが、
あなたの意見に異を唱えているわけではありません。
バッハの場合には、もともと楽器の個性に対する依存度が、例えばショパンなどに比べて、圧倒的に低いということも考慮する必要があると思います。

ではギターによる演奏ではどうなのかというと、例えば、先に挙げたモンノの演奏には、
リヒテルやピリスに近いものを感じました。
しかし、彼の演奏も、「妙な歌いまわし」をしていると捉える人がいるようで、
「あらゆる享受の仕方に耐える」ものではなかったことは確かであり、
その意味で、普遍性を獲得したとは言えないものなのでしょう。

>>184
ブリームのアルバムは、チェンバロの音が偽物くさく聞こえてほとんど聴かないままお蔵入りになっていたのですが、改めて聴き直しみることにします。

ところで、あなたの書き込みの1段落目は、スレの流れの中で読むと、
前者がジョンで後者が山下のことを暗に示しているようにも読めてしまうのですが、
これは誤読と考えてよろしいですよね?