>>138
多声の処理ということではないよ。ギター臭さを抜こうとして抜け切れない、
それこそクセのようなものがにじみ出ている…といったもの。
それでいてその他の音はあまりに無表情で、あの録音は聴いていてだんだん飽きてくる。

多声の処理ということではイエペスやブリームのほうに分があると思う。
技術的には圧倒的にジョンは安定しているし、その部分では本当に惚れ惚れするけれどね。

ジョンがギター史において偉大な存在の一人だということは分かっている。

けれど、ギターをより普遍的な存在にしようとしてギター臭さを拭い去ろうとしたら
ギター臭さにこそギター音楽の魅力の根本があって、それを置いてけぼりにしてしまったという感じ。

もちろん、時代のどこかで、それまでの慣習的なものに疑問を投げかけて
ギターの新しい可能性を見出さなければならない必要はあったのだろうけれど。

これはジョンだけではなく、セゴビアだってそうだったし、イエペスやバルエコやセルシェルも同様で、
だからこそ彼らの美学に反対する人たちは賛同者と同じ程度に多い。

演奏家って自分が扱う「楽器」で音楽を表現することだよ。
だけれども、当たり前のようなことだけれど結構これができない。


様々な情報が大量に行き交うからなのかなあ…いつから伝統って忌み嫌うようなものになったんだろ