君がさっきからずっと言ってるのは、「器楽経験者ならではの批評の価値」についてだよね。それはおれもよく分かるよ。

だが、器楽経験者じゃない者でも批評できる点だってある。
別に音楽「学」を論ずるわけでもなく、ただの音楽、それも再現芸術に留まるもの。音楽を聴くこと自体は学問じゃない(少なくとも聴衆である一般大衆にとっては)。
技術なんてなくたって、雰囲気だけでも好き嫌いとその理由くらい言える。例えば、その演奏スタイルが曲想に合うかどうかなど、こういうのは評論家でさえ意見が複数に分かれる(しかも明確な学術的根拠なしに)。
これを述べてはいけない理由などどこにも存在しないし公序良俗や道徳に反することでも何でもない(誹謗中傷除き)。極論、どう捉えどう発言するかは金払って聴いてやった人の自由
「無責任」というが、誰に対しての責任なのか?それから他者にとって参考にならないのも、言論統制する正当な根拠にはならない
まあ、>>79>>80>>83がざっぱには代弁してくれている


それから最後に、そもそも君の言うような「音楽エリートのための音楽」みたいな考え方が、
クラシックを大衆から遠ざけてきて、衰退に繋げてきたという事実はあるんじゃないか。
特に西欧芸術の後進国である日本のような、権威主義的な風土ではね。
やはり、音楽という分野でもこういう考え方は前時代的なのではないかと感じている。だが、そうではないと思うのならその理由を教えてほしい。