>>186
分からん?
ピアニストとしての1が納得できなくても問題ないということだよ
たとえばじゃあネットのCD売り場で文章書く人でもいいけど
1を説得できなくても読んだ(ピアノの弾けない)人がCDを気になって買って
「確かに書いてあった通りの演奏だ、あの文章は正しい」と思えばすでに意味が存在するでしょ?
1は横から「こいつら二人とも分かってねー」と思うかもしれないけどそれは別の話なわけ



>体験は、たとえば和声など理屈の知識を、実際に自分で弾き、聴き体験すること。音楽の理屈は実際の為にある。
>共感は、↑と似てるピアノ触ったことある人なら暗黙の了解で解るレベルの事。鍵盤の重さとか質感とか何でも。
>真面目にピアノやれば皆が知り得る事の事で、あといろいろな理解にもつながる。
わかった
分かったけど、それが「客観的な基準・批評」にどう結び付くかは全く分からない
実際に体験すれば実感は伴うでしょうそれは分かる
でも客観的に見ることにどう役立つのかな
質問を変えると
和声のことをしきりに言ってるけど、ピアニストの弾く「和声」を「客観的」に批評するときに具体的に「何を」気にするの?
そしてそれは体験することで「感想」から「批評」にランクアップするようなものなの?
これはとても知りたい

ちなみにピアノにおいて俺が思いついた「客観的基準」を挙げると「ミスタッチの数」だよ