>>493
最晩年のフルトヴェングラーはBPOを留守にしがちでその点確かにベルリンの好楽家市民から不評だった。
しかし、楽団から営業的に見たらこの2人は優劣を付けがたかったのではないか。

というのも、フルトヴェングラーはアメリカ入国自体をボイコットされた訳ではない。
実際には、シカゴ響と客演指揮者契約を結んだら、その客演契約に反対運動を起こされた。
最終的にフルトヴェングラーがこれに屈して客演契約を破棄し、騒動は収まった。

ところが、後年ベルリンフィルと共にアメリカ演奏旅行を行おうとしたら、ボイコットは起きなかった。
(実際には渡米直前にフルトヴェングラーが死去したため、渡米公演ではカラヤンが振った。)

要するに、ボイコット騒動当時の噂だった、
「アメリカの音楽家はフルトヴェングラーに人気を攫われてビジネスが狭まるのを嫌がった」
という世評が裏付けられた形だ。