ゴーストライターという表に出ることのできない仕事で起きたことであれば、事態も裏で収拾させるべきだった。
新垣氏は自分名義の音楽家として夢・希望を与える仕事をしているにも関わらず、なぜ配慮できなかったのか。音楽を職業とする者として非常に残念な行動をとったと思う。

苦悩する新垣氏に神山記者がオリンピック前という絶妙なタイミングで巧妙に漬け込んだ工作ルポであったのだろう。
音楽一筋で世間知らず、気が弱く繊細かつ純粋な音楽家であるがゆえに新垣氏は自身で解決できず、その隙を記者にも狙われたのではないだろうか。

一方で、3月7日の佐村河内氏会見の大記者陣の無意味な追及は、利益本位な日本マスコミ界の現状そのものであった。
公的機関の科学的検査結果を無視した茶化した記者陣の対応は何だったのか。佐村河内氏の妻やその家族の話題はあの場で必要あったのか。
本騒動の被害拡大発端の加害者、神山記者(+文春)の本性が露呈したのはこの会見がもたらした成果だろう。