言語と音楽の関係に思いを致せば、
読経というのは、グレゴリオ聖歌より、もっと遅れたまま、何ら進歩しなかったといえよう。
音楽が完全に言語に従属しきっている。
何ゆえに日本において音楽が発展しなかったかというと、建築様式が原因なのではないかと思料される。
教会という天井のバカ高く広大な空間を、手に入れることがなかったのだ。
そのため、残響のもたらす陶酔感を知らぬまま過ごしてしまった。