かくも劇的な最後があるだろうか?
来る3月、金聖響が神奈川フィルのシェフとしての最終公演を迎える。
メインはマーラーの交響曲第6番「悲劇的」。これは様々な意味がこめられたプログラムだ。

そして第6番にはさらに重い意味がある。
シリーズで同曲が演奏されたのは、2011年3月12日。大震災の翌日だった。
当日彼らは公演を中止せず、多からぬ聴衆に感動的な音楽を届けた。
大災害直後の「悲劇的」…この巡り合わせに何かを感じない人はいないだろう。

今回は、当日聴くことが叶わなかった人々に向けた再演奏にして、
鎮魂、祈り、訴えであるに違いない。
http://ebravo.jp/archives/8468

>当日彼らは公演を中止せず

中止の連絡が来なかっただけだよ。
震災とか悲劇の災害や原爆など使わないでほしいな。佐村河内守と同じ展開。
物語として使うなら日本人指揮者と奏者だけにしてくれや。