新垣氏自身会見で
これは佐村氏とのある種の共同作業であったと認めていた

その一方で私が作曲したものだとも言っていたから会場の記者とか我々素人には分かりにくかった

ここらへんの説明については
新垣氏本人もちょっと歯切れが悪かった