>>855
へ〜そうなんだ。
あれをしてしまうと純粋な旋法の色合いが壊れてしまう気がするんだけど気のせいかな、終止感と引き換えに。
終止感が弱かろうが音階固有音の動きで終える方がその旋法らしさや統一感が生まれるのは間違いないよね?
だって最後だけ自然長音階や和声短音階みたいな音階の空気を流してることになるでしょう?
まさか教会旋法の時代からそうだったとは驚き。そりゃ長・短調に行き着くわなって感じ。
変化記号でいくつかの調や旋法を混ぜないと出せない空気もあると思うので目的次第ですが。。。