小澤征爾が実演に触れて「さかだちしてもかなわない」
と思ったのはシューリヒトとカラヤンだった。
シューリヒトとカラヤンは同格なのである。
ただ、カラヤンはより現代的な音楽家だった。
主観主義的・原理主義的批評家には、
カラヤンの「差異の形而上学」とでも称すべき
現代的演奏の真髄は理解しがたいだろう。
20世紀前半の指揮者の代表格は確かにフルトヴェングラーだった。
だが、20世紀後半の指揮芸術を名実ともにリードし、
現代の指揮芸術を再起動しているのは、カラヤンに他ならない。
「カラヤンをいかにアップデートするか」
が現代の指揮者の課題であることは言うまでもない。