マルチヌーの狂詩協奏曲は絶対にやりたくってさ。
どうも位置付けもよくわからない作曲家なんだけど、だから逆に気になって。
以前オーボエ協奏曲やったときにオケで弾いててどうしようもなくいたたまれなくなった。
貼りついて剥がせない笑顔のひび割れの奥にある深淵の本音に遥かドヴォルザークまでがはっきりと見えて。
ドヴォルザークのチェロコンにどうしようもない故郷への致命的なベクトルを感じていて、
だから、ああ、同じなんだな、って思ってさ。魂の原風景に張り付いた背景画としての祖国を。
そんな気持ちに気づいてしまったあるひとりの人間として、
自分の楽器であるヴィオラでその気持ちを少しでも受け止めてやらなきゃな、って思ってる。