逆も然りっていうのは、「アルマの不倫に絶望して」だから
「悲劇的」ということにはならないってこと?
それとも「「悲劇的じゃない」から「アルマの不倫に絶望して」にはならないってこと?
よくわからん。
あの曲は悲劇的に聞こえるから悲劇的ではいかんのか?
スレチだからショスタコーヴィチに戻ると、
5番とか7番とかを、伝記的事実やら証言やらに影響されすぎて
「ハッピーエンドに聞こえるけど実はとりかえしのつかない悲劇だ」
みたいな解釈はどうも虫が好かない。
もっと素直に聴いた印象を重視すべきだと思うんだが。