氷室京介やラルクでさえ、ある世代までの音楽と見なされる危険性のあるこの時代に
バイロイトの第九、クナのパルシファル、ワルターのモーツァルトなどと50年前のメンタリティでやられてもな
今更アバドというのがすでに遅い(おまけに方向を間違ってる)んだよ

そうやって「中高年・老人の旦那芸」化してくのが日本のクラシック音楽受容の末路というなら俺は別に構わんが
俺個人はもっと楽しくて新しいものを探してるし
しかし寂しくないのかね