カラヤンの「田園」(特に82年盤)を聴くと、「これこそが自分にとっての真実なのだ!」と、いつもそう思うね
客観的に見れば、理想的な演奏ではないのだけれど・・・
これは、好きとかお気に入りとかを超えた、私にとっての真実なのだよ
ケーゲル晩年の「田園」(サントリーホールでのライヴ)もそう
というのも、好きかどうかと言われれば、バーンスタインとかの方が、気楽な気持ちで聴ける
カラヤンの「田園」は、苦しい
不完全な存在に対する、「私はあなたなのです」という祈りとでも言おうか
音楽というのは、全ての感情が流れ込む器のようなものだと言えなくもない
透明な意識は、複数性が私の中を通り過ぎ、昇華されて行くのを見ている
それこそが真実
私はメディア(霊媒)にすぎない