>>835
それって例えばブランデンブルク協奏曲第5番の
1楽章19-28小節などにも当てはまるね。
逆に例えばヘンデルのコンチェルトグロッソ1番
1楽章19小節以降には当てはまらない。
 
総合的に見て内声を埋めるか埋めないかという傾向はあるのかも知れんけど
すぐに反例が見つかるようでは主観的という気もしないでもないな。
 
さらにいえば、古典期に
「比較的単純な構造、旋律的なものの優位、内声部の従属的機能」が
特徴として当てはまる作曲家って、いわゆる大作曲家には少ないよね。
どうも評価として適切でない観が否めないな。