クラシック板・教養学部ドイツ科
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0404名無しの笛の踊り
2013/09/04(水) 22:09:10.97ID:k7g/hE1u浜田宏一名誉教授の後輩さん、お久しぶりです。
ゲーテの形態論と色彩論についての論述、さすがですね。
また登場して頂いてうれしいです。
あなたがこのスレにおける「自称保守」ならば、
私がこのスレにおける「自称左派」「自称リベラル」ということになるのでしょうから(笑)、
私に出て来いということなのでしょうね。
>日本では最重要の近代思想の一つである保守思想が教養になっていない
>教養としての保守思想について書く必要があるかもしれませんね
「教養」としての保守思想について書いて頂く意味は十分にあると考えますし、
エドマンド・バーク以来の「真の保守思想」には、僕も敬意を払っているつもりです。
(つまりは私から見てあなたは「自称保守」ではない、ということです。)
ただ僕は、保守思想ではカバーしきれないものがこの世にはあると考えている人間です。
そしてそれにも増して、現代人たる我々は、そう容易くは保守思想を全うしえない状況下にある。
(それは保守思想自体の否定ではない。)
個々人が限られた与えられた範囲の中で、自らの務めを全うするということはいつの時代においても基本であり、
大衆のひとりにすぎない私の日々の行動原則、生活上の理念であるのは間違いないけれども、
それでも残念ながら、常に疑うことなく「人間性への信頼」を持ち続けることはなかなかに困難だ。
かといって人間性への不信頼を根拠に、理性によって事物をコントロールする思想は頓挫しているけれども。
「人間の不完全性」を認めつつも、それでもさらに深いニヒリズムへの眼差しを抜きにしては、
少なくとも私には何も語れない。それほどまでに虚無は深い。
そしてそうした思想や文学を私は必要としている。
保守思想とはニヒリズムを認めたうえでの、それでも捨てることのできない人間性と人類の歴史への信頼である
と仰るかどうかは分からないけれど。
最後にもう一つ保守について言いますと、現代日本の自民党を中心とするまさに「自称保守」の連中が
本当に保守思想を持っているのか、それについてこそ一度語って頂きたいですね。
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