正直あなたの様な博識な人が現れると分かっていたら、軽々しく歌舞伎に触れるんじゃなかったよww
俺も鈴木淳史のように
「歌舞伎や文楽がある時代で成長・発展を止め、伝統芸能として生き残りを図った」
と思っていた。
というより、成長・発展を止めた根本的な要因の一つとして、
「教える(教わる)ことの出来る文化」ということがあると単純に思っていた。
これと関連するが、バロック音楽が、古臭い、未熟な、時代遅れのものとされ
忘れ去られていた時代があったことについて、もう一度自分なりに考えてみようと思う。

「身体で繋いでいく文化」というものの存在について考えてみようと思う。
>>350で百田尚樹について触れたが、戦争の体験というものも、記録として残すだけではなく、
語り継ぐということに意味があるのかもなぁと、ふと感じた。
もちろん作品という形でも、たとえば原民喜は物凄いものを残してくれたけれども・・・


>>368
おお、いいことを聞いてくれたな?
ドイツ文学やバッハやブラームスについて語ることだけが、
ドイツについて学んで来た者が、ドイツについて語る場で語ることではないのだよ。
直接ドイツを話題にしていなくたって、ドイツについて語っている。全ては繋がっている。
それが教養。