>>192
「クーリエ・ジャポン(COURRIER JAPON)」6月号、買ってきたぞ
また佐藤優氏が出て、Bildungについてああだこうだ言っている

まあそんなことより気になったのは

欧米人エリートと渡り合うために必要な「文化的素養」とは(藤原敬之氏)

のコーナー

オックスブリッジを出た典型的な英国人エリートに対しては、
中途半端な教養を見せたらボコボコにやり込められる、としたあとで
「英国人に限らず、ヨーロッパ人のエリート層はおしなべて教養があるので、
たとえばクラシック音楽について一家言あるところを示せば、話が弾むでしょう。
今年のバイロイトの演出はどうだったかとか、なぜカラヤンの振るベートーベンはいまいちだったのか
といった話ができるといいですね」
とある

「なぜカラヤンの振るベートーベンはいまいちだったのか」だと?
さすが高等商業学校、一橋出身のビジネス・エリートw
まさか宇○さんの影響でも受けてるんじゃ?ww(ちなみに氏は1959年生まれ)
従来的な批評、思考の枠組みではカラヤンは「いまいち」となるのだろうが、それをヨーロッパの教養人にいまさら話せというのか
カラヤンの音楽の真価は、それを超えたところにあるんじゃないの?
カラヤンの過剰さ、「絶対美」への執着がもたらしたある種の過激さといってもいい、それがもたらした「想定外の可能性」に言及することなしに、
いまさらカラヤンについて何を語れと?
もちろんそういうことも含めた「カラヤンのいまいちさ」なら納得できますが・・・
ちなみに僕はカラヤンのベートーヴェンでは、2楽章が10分台の「田園」を一番評価しています