>>277
「ガキ」「子供じみた」など、一流の批評家ならば絶対に使わないであろう類の
形容については、この際、敢えて全く触れないこととしたとしても、
しかし、「もし仮に、そうであったならば、一体どうだと言うのか?」という問いに対して
その根拠ならびに結論が、依然として、共に「十分に論じられていない」というのが、
この批評?を考察するにあたって、絶対に見過ごしてはならない点であると思う。

すなわち、

ワーグナーは、ガキっぽくて、大げさなところがいい
ワーグナーは、ガキっぽくて、大げさなところがある(が、そこが過大評価されているだけ)

という、この二者の差異に関して、評者の主観を徹底的に排除して論じない限り、
その論評(らしきもの)は、ほぼ完全にと言っていいレベルで、その意味を失う筈である。