ここに炊飯器があるとしましょう。
とてもおいしいごはんが炊けるお気に入りの炊飯器です。

構造が気になって分解したい衝動にかられても別に誰も止めはしません。
それが知的好奇心の問題だと言うのならその人にとってはきっとそうなんでしょう。
どんどん突き進めばいいと思うのです。

だけどね。

オレ的にはおいしいごはんが食べれればそれでいいんですよ。
炊飯器の設計図を見たいとも思わないし、炊飯器の歴史や製造秘話、メーカーの財務格付け、
炊飯器エンジニアの扶養家族の有無や政治的信条及び録画予約入れてる連ドラのタイトルとか別にどうでもいいんですよ。

知りたくもない。

眼の前にある炊飯器を使ってどんな晩ごはんを食べるのか?といったことのほうがオレにとってはよっぽど重要だし、
取説にぜんぜん記載されていない「おでん」や「シチリア風子羊のワイン煮込み」なんかを
炊飯器でサクッと作ってしまうかのようなアプローチで炊飯器と接したほうがよっぽど楽しい。

知識偏重で閉鎖的で分解型の思考ではなく、自由で拡張的で創造的なおでん思考て感じ?

オレはガチガチのクリティックやアナリストとしてではなく、もっと自由に炊飯器を扱えるようなオーディエンスでありたい。