日本近現代史板の方にも、やっと片山スレが登場。遅まきながら、という但し書きではあるが。
そこでは最初から原稿が遅いと書かれている。何人かの関係者から聞いているので、どうやらこれは事実だ。
原稿の出来上がりが遅く締切のオーバーも頻繁。既に多数の被害者が出ている。
語り口は講演の口述筆記を思わせる面白さで、極めて分り易い。が、その代償もある。
既に知られている事実からの引用なのか、研究による新たな知見なのか、または本人による推測や願望なのか、
これが全くはっきりしないのだ。アカデミックな場では致命的ともなりかねない欠点だ。
だが、そうした弱点を多く持ちながらも、有無を言わせぬ説得力と社会的な実行力だけは認めねばなるまい。
かつてその存在だけが知られていた「紀元二千六百年奉祝大交響楽団」の演奏を、今誰もが比較的簡単に
耳にする事ができる。
大澤壽人や須賀田磯太郎の天才について、欧米の友人たちに音源の例示を以て誇らしく語ることもできる。
そんなわけだからこの10年来、確実に進化した状況の背景に、彼の功績を認めることも、あながち間違いではないといえる。
私たち日本の音楽関係者は、明治から戦前に至る西洋音楽の先達の功績に対して、
作曲面も演奏面も含めて、日頃あまりにも不義理を重ねている。
それに気付せてくれて、私たちの行動に何らかの方向を示してくれた恩人のひとり、
それがすべてだということだ。