音楽評論家は演奏の評価のみならず、作曲家・作品の評価に踏み込んでも許されるのは当然だ。
その評価というのも、ゆきつくところ「好み」ということになるだろうけど。
やはりそこは、独墺あるいは仏の感性に近しかったんだろう。

凄いと思うのは、90を越してなじみの深くないだろう作曲家を勉強しようというその精神だよな。