音楽関係者も全面的に政府に協力した。
庶民は銀座通りや、各地の大通りで提灯行列で勝利を祝い、文人、新聞人たちは
政府の提灯持ち記事に精を出した。
音楽評論家でもあった小林秀雄氏は最も先鋭的な人だった。
国威発揚、進軍ラッパの役目を積極的に果たしのが、あの頃の音楽家だった。

『音楽家なんて全くのバカばかりで、政府の言いなりになって、鬼畜米英を
叫び、兵隊の慰問に回ることを最大の自分たちの使命だと考えていた』
こう、戦後になって多くの歴史家が述べている。
吉田秀和氏もメンタルとしては、小林氏と同じだっただろう。