これは一応本業の作曲家として言うが、>>1のようにこういう事を偉そうに言う奴に限って、
作品の精神的内容や演奏狂言の芸術性その他芸術的理解力が無いのが普通。それに、芸術っていうのは
スノビスムでやりゃいいってものじゃない。第一大衆化と低俗化は全く意味が違い、本当の大衆化は
一般人の理解力を底上げする事だが。こういうスノビストのほうが、むしろクラシックを駄目にする。

>>48カラヤン?パリ管でフランス式ファゴットを蔑視しておいて、ベルリン・フィルとの
シェーラザードではドイツ式の高音域がグロテスクになるのをごまかして殆ど聞こえないように
演奏させたインチキが優秀? しかも他の国の音楽を、ドイツ音楽の価値観を押し付ける形で
滅茶苦茶にして(あのラヴェルはフランス音楽じゃない)。それ以前の話としてドイツ音楽で
考えた場合で、カラヤンよりはフルトヴェングラーのほうが作品の精神的内容の追求では比較に
ならないほど上。カラヤンは軽薄すぎる。

 さて、一流オケと比べてもあれだけ優秀な演奏をするギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団を
挙げただけで「吹奏楽板行け」としつこく悪くいわれた仕返しをさせて貰うか。尚、野球の人に抜き打ちで
これを聴かせたら、それを賞賛した上にその人もクラシック聴く人だったという返り討ちに遭ったが。
つまりここの連中のほうが。本質的理解力が無いという事。