例えば
>その点、ドビュッシーは余り感性を持ち込まず、独自の語法に基づいて旋律を厳格に配置してる印象。長打が多い。

だから、ラヴェルよりも無駄音や旋律ベクトルのぶれが少なく、結果堅牢な構造が保たれる。

これで作品自体の抽象度が、少し上がる。歴史的に残りやすくなる?

全体の構成は幾らでも配置換えできるけど、小節や楽節単位では誤魔化せないんですよ。

>その観点からいえば、明らかにドビュッシーに軍配が上がる、それだけです。


長文でもっともらしく書かれているけど、横の旋律線はともかく、和音も含めた面ではドビュッシーのほうがはるかに無駄が多い
「旋律ベクトルのブレが少なく」っていうのは短小なフレーズを多用すればそうなるのは当たり前で、特に強調することではないし、構造が強固になるというのは全くのでっち上げ。

>>324の落書きリンクでもそうだったけどこの人は和音や和声の流れを無視してフレージングや動機にしか着目していないみたい
言ってしまえば曲の主題(それも旋律だけ)だけを見て曲の良し悪しを語っているようなもの