>>334

あ、私の理解もんな感じです。
解釈には少し差がありそうだけど。

ラヴェルは無駄を『削る』人で、ドビュッシーは無駄を『作らない』んです。

最初から。

方向性としてまったく違う。

ラヴェルの場合、ここの旋律は感性や発想で偶然得られたものを、職人芸で高度に構造化して、ある水準を越えたものだけを作品として残してるな、という感じがする。

この製法は凡打は少なく、ホームランが多い。

その点、ドビュッシーは余り感性を持ち込まず、独自の語法に基づいて旋律を厳格に配置してる印象。長打が多い。

だから、ラヴェルよりも無駄音や旋律ベクトルのぶれが少なく、結果堅牢な構造が保たれる。

これで作品自体の抽象度が、少し上がる。歴史的に残りやすくなる?

全体の構成は幾らでも配置換えできるけど、小節や楽節単位では誤魔化せないんですよ。

その観点からいえば、明らかにドビュッシーに軍配が上がる、それだけです。

それでも、やっぱりラヴェルの方が好きですよ。