50年代のカラヤンは素晴らしかった。
才気煥発、新時代を予感させる鮮やかなテクニックと解釈で向かうところ敵なしだった。

そんな折、ウォルタ・レッグとレコードを量産できたのはカラヤンにとって幸いだった。
後年、側近と称する取り巻きに囲まれて、カラヤンはメディアで偶像化されていくのだが、
対等につきあえるプロデューサーなど、レッグ以降いなかった気がする。

私見では、カラヤンは1960年代の後半くらいから、その美質が次第に失われていく。
その一方で、レガートで分厚く塗りたくったような音楽、いわゆるカラヤン美学と
称されるものが、彼の姿を変えてゆく。