人間は言葉を話すときに、誰でも微妙な発声・リズム・音程のコントロールを行っている。
音楽家は同じ事を楽器で行っている、と考えて貰えたらよい。

「膨大なプログラミングによる微妙な制御で電子楽器による再現」
は、過去のプログラムを活用する事ができるから、音楽的に発達する可能性はある。
ミヒャエル・ナナサコフというピアニストをご存じか?
笑ってしまうくらい上手くて、笑ってしまう。音楽か?と問われれば、未だ違う。
しかし、ミヒャエル・ナナサコフには、将来性はあるのではないかと思う。
スピーチ シンセシスには違和感があるが、将来性を感じるのと同じだ。
早口言葉を話させれば、見事に行うだろう。

音声は、その瞬間にだけあるものだから、即興性が不可欠だ。
場や距離、対象が違えば、発話の仕方も変わってくる。1度目の2度目では当然違うはずだ。
乱数を発生させて、行き当たりバッタリに特定範囲内で変える、という選択肢も有ろうかと思うが、
西洋音楽には一種独特の統一感が必要で、これをパラメタライズする必要があろうかと思う。
二足歩行ロボットのプログラムは、普通に歩くのがぎこちないのを、転けるのを防ぐ、というプログラムで
解決したが、そんな考え方のプログラミングの方が音楽に適しているかも知れない。

チェンバロは、強弱が付けられない分、ずらして弾いている。
NHKスーパーピアノレッスンの動画にも、古典派の弾き方としてチェンバロを例にとり、
強弱を付けられない分、ずらして弾く弾き方を指導している動画があったが、現在は見つけられない。