54年にザルツブルグで「魔弾の射手」上演のとき、フルヴェンはすでに耳がおかしくなっていた
それでベームが補佐を買って出たが、フルヴェンはこれを拒否、結果は大失敗に終わり
これに落胆したフルヴェンは寒い日にコートも着ず出かけ自ら死を選んだ
人の手を借りて指揮をするなどとはプライドが許さなかったのだろう