>>232
音楽評論家という人種は何を勘違いしたのか自分たちは偉いと勘違いし、例えばあらえびすを貶めていた
なんだかんだ言っても福永だって好き嫌いが激しくて、読ませる批評とか言っても結局は主観の塊だった
当時としては福永も異色ではあったし読ませる内容だったことは事実だが、
内容については(当時の)コーホーと比較して段違いに良かったという程でもない。

80年台まで割とがんばってた頃のコーホーの『感想文』はあらえびす以降では割と異色だった。
『あれは批評でも評論でもないファンの感想文に過ぎん』という事自体が貴重な時代だったんだよ。
その意味では当時の『批評』とか『評論』とかいいつつも五十歩百歩の内容しかない当時の評論家の文章よりは
読み物としては面白かった

ただ、ある種の禁じ手ともいえるその手法を、90年頃から使う人が増えてしまい、一気に陳腐化したと思う。
その上、コーホー自身も「自分は輸入盤は聴かない」「SACDの再生できる装置は持ってない」
「DVDの音声はテレビのスピーカーで聴いている」とか、そんなので文章書くな、というひどいレベルになった。