ショルティやカラヤンの音響再現というものは価値がないとはいわないが、時代や環境でテキスト自体も書き方が変わる。
テキスト自体書けないことは多数ある。

ロマン派は、音楽に精神性や魂を込めているし、その再現もしてほしいというのは間違いではないだろう。

テキストに書いていないことは再現しないは、客観的には正しいともいえるが、テキストを読み取っていないとも思う。

だから、ショルティやカラヤンは評価しない、そういう人がいてもおかしくないし、納得する。