★日米開戦時の日本人の反応、

『この〔日本が「ABCD包囲陣」の鉄の環に締めつけられて行く息苦しい〕
空気は日本の全体を浸していたが、諸外国の短波放送が聴ける新聞社では、廊下を
流れる空気は特別息苦しく、その息苦しさは日を逐って増して来ていた。
あまり息苦しかったので、十二月八日の開戦を知った時、飛んでもないことに
なったと思うのと同時に、軽率で下品な比喩を許して戴けるなら、やっと便通が
あったという感じがした。 この感じは、恐らく、日本中にあったであろう。
便通から悪性の下痢になり、脱水症状に陥り、終には死に至るかも知れぬという
危険を遠くの方に感じながら、しかし、長い間の苦しい便秘の後に漸く便通が
あったという気持があった。』

 清水幾太郎『わが人生の断片』より