いやいや、俺なんかは419の意見に近いよ。
バンスタのカラヤンのどちらが天才かと問われれば、迷わず前者ですね。
カラヤンというのは、どうもサウンドはギラギラしている割に、音楽の表情はのっぺりで、
426とは逆に、カラヤンはベクトル軸の少ない人だったと感じる。
とりわけ、モーツァルトやシューベルト、シューマンのように純度と純真さが要求される音楽では
カラヤンはほとんど壊滅的に感じる。すくなくとも俺は受け付けない。
モーツァルトなんか、ほんとにウィーンフィルの面々が嬉しそうに音楽してるのはバンスタのほうだし、
聴いていてもいいよね。
ハイドンなんかは、とりたててバンスタとは言わないが、ベームのハイドンの充溢と純度と格調を聴くと
別にカラヤンのハイドンを聴く必要がなくなる。天地創造みたいな大曲でも作った感じが嫌なんだよね。
バンスタは80年代後半くらいから重厚になった分、鈍くてくどい感じが出てきたが、
70年代はまだ、419がいうように最良の意味でも「かるみ」もあった。