を・ま・いぇ・は・あ・ふぉ・か。
原理主義的に言やあ「4楽章でない交響曲はブルックナーでない!」。
レーヴェ版の存在を認めん奴はブルヲタやない。
交響曲に宗教を持ち込む奴は、ミサ曲他の宗教曲を聴いとりゃええ。
ブルックナーは熱心な信者やけど、宗教家やない。
そういう意味で、コールズ版に献呈辞のページ("DEM LIEBEN GOTT")
が加えられたんは誤解を招く。これは、腕の立つ職人が自身の最上作を
神に捧げたいと願うのと同じ行為や。わし等は不完全なフィナーレ
の未定稿の存在を、あるがままに感謝して受け取るだけでええんや。
(シューベルトの《未完成》にはフィナーレの影すらない!)

という前提を踏まえて、聴く者にとっての完成版は「補作者の考えを
示したもの」に過ぎんと理解すりゃあエエだけや。
好き嫌いは聴く者の勝手!

<終楽章の無い9番は、神の采配を示す福音なのです。>
というような、バカな考えに惑わされるな!