モーツァルトとハイドンは根本的に違うからどっちが上とかないよね
ハイドンは動機労作しやすいようにあらかじめ考え抜いて旋律作っている
モーツァルトはまず美しい旋律があって、それから展開する
「ハイドン・セット」や「ジュピター」は偉大なる例外だけど、
まさに例外で、結局その後モーツァルトは結局簡素化に向かった

ハイドンの展開部の特徴で「疑似再現部」というのがあって、
展開部終盤で第一主題をだして「お、再現部始まるか」と思わせておいて
そのまま知らん顔で展開を続ける、っていうのがある
ハイドンは注意深く聞かないと面白くない、ってのは、
こういうトリックのだましだまされには、現在ソナタ形式のどの部分か、
いまの調性はなにか(疑似再現部を見破る一つの手段)などの把握が、
ながら聴きだと難しいからというのがある
当時の貴族は「今度は騙されないぞ!」って感じでパズルのように
楽しんでいたんじゃないかな

演奏会目的のパリ交響曲集やザロモン・セットでは
「疑似再現部」は使われていないというのも興味深い事実
そして、転調が大胆になり、転調したことがわかりやすくなっている
これらの特徴はそんなに音楽知識がなくても楽しめる作りになってるということ