クープランは、音楽史的にはあまり重要ではないのですか?
数曲、聴きやすいものがバロック名作集などに収録されるくらいが関の山で
チェンバロ曲全集などというものは、助長で退屈というのが
多数派なのが実際と、受け止めなくてはならないのでしょうか?