>>251
私は「死」に関係するすべての楽章、すべての曲になければならないとは
言っていません。
でも、ショスタコーヴィチには「死」に関する楽章や曲がこれだけあるのに、
ドシドラが出てくるのがわずかこの2楽章だけですよね。
これでは「ドシドラ」を「死」と結びつける根拠として弱すぎる、というのが私の意見です。

「死」に関係がないのに「ドシドラ」が出てくる曲は少なくありません。
例えばブラームスの交響曲第1番終楽章のヴァイオリンの主題とか
チャイコフスキーの組曲第3番終楽章の変奏主題とか。
だからこそ、「ドシドラ」に死の意味があると判断するには、
慎重に考えることが必要だと思うのです。