ショスタコーヴィチのドシドラ=ディエスイレ=死の象徴説の弱いところは
根拠がベルリオーズやラフマニノフなどショスタコーヴィチ以外の作品で
ショスタコーヴィチの作品内部での裏付けがほとんどないことです。
ドシドラの出てくる作品で「死」が言及されるのは事実上交響曲第14番だけ、
他にこの音型が登場する作品は、最初に結論ありきで強引に結びつけなければ
「死」と関係ない作品ばかり、逆に、交響曲第14番のように「死」を扱った作品は
ショスタコーヴィチにはたくさんあるのに、それらにはさっぱり出て来ない。

個人的には、ドシドラの4音だけでディエス・イレの引用をする作曲家がいても
おかしくはないと思います。ただ、ショスタコーヴィチに限ってはそうでないでしょう。
私は「ドシドラ」の音型は偶然の可能性が高いと思いますが、
これを偶然ではないと信じて、そこに何か共通の意味を見出そうとするのも
意味がないとは思いません。ただ、その場合、ベルリオーズやラフマニノフを
根拠にするのではなく、ショスタコーヴィチの作品そのものから意味を探すべきです。

それは「死」