>>196

結論にはまったく同意、しかし、論旨を逆に取られた嫌い

ぼくだってベストとおもう演奏にずぶずぶに没入して悦に入っているが、
そのベストってのは、さまざまのベターを蹴落としたうえでベストにのし上がってきたもので、
やはり比較の結果としてのベスト

それに、いま現在ベストとおもっている演奏も、あすには王座から転落するかもしれないわけで、比較は尽きない
現に、数年前にのめり込んでいたCDにいま耳を貸してみると、もうひとつやなあ、、、とおもうことはしばしば

没入は、じっさいに音を聴いているその瞬間瞬間で、そうでないときに、完全に比較の問題と無縁のリスナーはいない、と確認したかっただけ
その点で、稼業として批評家であろうがなかろうが、審美眼、批評眼は誰しもはたらかせている、当然だが、

初心の人にあっては、退屈だろうがなんだろうが、とにかくひとつの曲に執念でしがみついてみたらどうだろう

ぼくも初心のころはそうした

なぜ退屈なのに聴くのか、と訊かれても、うまく答えられない、とにかくしゃにむに聴く、そういう執念が大事

ある日とつぜん、光明が差す、え、いまのなんだ? なんかすごい音が鳴ったような気がする、みたいな原体験を、クラシック・リスナーはみんな持っているとおもう

交響曲を聴こうとするなら、たしかに、ソナタ形式なり、多少の予備知識は仕入れた方がとっつきやすいかもしれない

となりに奥さんいるならなおさら