橋下氏が提起したこの問題は、もっと教育とリンクさせて考えるべきだと思う。
オケというか、クラシック音楽や古典芸能などは教育素材としての
高い価値を有しているという論点が出てこない(ように見える)のが不思議。
単なる娯楽ではないということが、行政が支援する(してきた)理由であるはず。
つまり芸術保護は文化を育てるんじゃなくて教育への投資だということだ。
橋下氏はそこをちょっと履き違えている(=娯楽と混同)ように見えるんだが。
(氏の基本方針や手腕は評価するけど)

もちろんちゃんとコスト/ベネフィット分析を行なって
教育投資として効果があるかあるいは高められるかどうかは徹底吟味すべき。
その結果として価値や効果が低いと判断された部門の予算削るのは全然OK。
(もちろんプレイヤー側も財政健全化・コストカット・より積極的な教育参加・
聴衆拡大のための内容改革といった努力をもっとすべきなのは当然だ)
しかし「二度は見に行かない=個人的に楽しめない」などという主観的理由で
古典として価値あるものを認められないのはただのバーバリアンだ。
それを二度目以降も見にいくことのできる人間を作るのが教育だ。
古典芸術は寝転がって受身で理解できるものではない。だからこそ教育的価値がある。

教育水準維持・向上は絶対優先すべきことだ。これをやめたら未来が無い。
財政難による予算削減自体はいいよ。しょうがない。でも効果は削減しちゃダメだ。
人間の脳力開発のために芸術をもっと積極利用するという攻めの方向で考えるべきだ。
(例えば子供にピアノを習わせる効用は情緒的理由よりも脳を使わせて学力・能力全体を向上させるということだ)