>>237
調の違いは、単なる周波数や高低の相違なんてものではないと思っています。
物理的真実と音楽的真実は同じものではないです。調性にそれぞれに、色があるのは、
間違いのないことを私は思っています。F#の音と、Cの音が、同じ色に聞こえたら・・
そのほうがよほど変ですね。
ただ、その「色」の感じ方は、各々が感じるべきもので、決まったものがある(あったとしても)とは思いません。
ある調、たとえば、ニ(A)音を聞いたときに、イメージする音、たとえば、フォーレのレクイエムの頭の一発かもしれませんし、
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の最初のティンパニかもしれません。それぞれが、それぞれの音に対して、
心象風景を自ら描く・・のが音楽の本質だと思います。
ハ長調の作品を、ニ長調で演奏したら。。まったく色、全然、完璧に、とてつもなく、色が変わります。ニ長調は、
ニ長調という色・・色という表現が適切でないなら、感触といってもいいですが、これは違います。
しかし、それを、感じるか、感じないかは、個人差がはなはだしく、一般化して言い難いものがありますが、
それにしても、結果として違います。現代の音楽は調性感が希薄なものが多いですが、私見では、だからこそ、
逆に一音一音の色が重要になる。トータルセリエルにしても、ウェーベルンの音色旋律にしても、それぞれの音が
持つ「色彩」が、最重要なものの一つです。標準ピッチがどうであるか・・というのは実はあまり関係がないです。
不思議なことに、ハ長調は、ピッチが変わってもハ長調であり、ニ長調は、ニ長調なのです。この感覚は個人的なものですから、
理由は良く分かりませんが、音、それぞれに色があること、色というのが、問題あれば、特徴があることは私は間違いないと考えています。