リスト自身が、音楽院創設にあたって最もこだわったのは、ハンガリーの音楽の発展に寄与する人材を輩出すること
そしてハンガリーの民族音楽の研究や演奏をサポートすることでした。
さらにリストは、歌手や打楽器奏者を含めたピアノ専攻"以外"の学生にもピアノをきちんと習得させるカリキュラムを組み
教会音楽のコースを独立させて重視しました。

この名門音楽院から、やがてバルトークやコダーイ、ドホナーニら、のちにハンガリー音楽史を支えることになる
名音楽家&教育家たちが巣立っていきます(この3人は、さらにリスト音楽院で教鞭もとりました)。
コダーイは現在でも、リスト音楽院の"名誉学長"です。