福永陽一郎

「私のトスカニーニへの感情的屈折は、もう古い時期から始まった。一九三九年の十月に日本ビクターから発売になったベートーヴェンの交響曲第五番は、その年の早春に録音されたものだが

〜中略〜

そのレコードを、小学生だった私は、買ってもらえなかった。すでにその曲のレコードが家にあったからで、

〜中略〜

フランツ・シャルク指揮のウィーン・フィルのものであったが、わが家のが黒盤であるのに対して、トスカニーニのが赤盤であることが、私の虚栄心を傷つけた。トスカニーニなんか聴かなくてもいい、と自分に言いきかせるしか、解決の方法はなかったが、
それが、トスカニーニなんか聴く価値がない、という意味にすりかわってしまって、しかも、そのとき、すでに、トスカニーニ・コンプレックスは決定的に、私の心情に住みついてしまったようである」