13番を振らなかったのは、愛妻が不治の病に倒れたこともあるが、
そもそも合唱付きの曲を極めて不得手にしていたこともある。
ムラヴィンスキーはレニングラードフィル以外の演奏者が同じ舞台に
登ると演奏に自信がもてなくなるので、合唱付きの曲やコンチェルトを
断っていたというのは有名な話では。